建築学生ワークショップ
熱田神宮2027

- 開催の経緯
- 目的
- テーマ
- スケジュール
- 参加者募集


全国の大学生たちが小さな建築を、熱田神宮境内に10体実現。


参加募集パンフレット
(座談会)
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 2027年夏、現代に受け継がれてきた、熱田神宮境内にて、小さな建築空間を実現する建築学生ワークショップを開催いたします。熱田神宮の約6万坪の境内には、樹齢千年を越える大楠が緑陰を宿し、皇室を初めとした崇敬者から寄せられた6千余点もの奉納品が宝物館に収蔵展示されており、境内外には本宮・別宮外43社が祀られ、主な祭典・神事だけでも年間70余、昔ながらの尊い手振りのまま今日に伝えられ、初詣には毎年200万人以上の参拝客が訪れます。伝統技術を含めた次の時代の建築を担う学生らが「創祀千九百年を迎えた社」において、合宿にて建築の実現をいたします。将来を担う学生たちが今という時代に向き合い、この場所でできることに全力で取り組む。新たに建築空間の力を備えて「実際につくる」という取り組みは、大変貴重な試みです。学生たちはきっと、その若い感性によって新たな発見をし、未来を創造する提案をしてくれることでしょう。



【参加予定講評者】

建築・美術両分野を代表する評論家をはじめ、第一線で活躍をされている建築家や
世界の建築構造研究を担い教鞭を執られているストラクチャー・エンジニアによる講評。
また、近畿二府四県の大学で教鞭を執られ、日本を代表されるプロフェッサー・アーキテクトにご参加いただきます。

石川 勝   (プランナー|万博会場運営プロデューサー)
太田 伸之 (マーチャンダイジングコンサルタント|松屋顧問)
建畠 晢   (美術評論家|草間彌生美術館長、京都芸術センター館長)
南條 史生 (キュレーター|美術館 顧問)
中島 さち子 (音楽家 数学研究者 STEAM教育家)
堀木エリ子 (和紙デザイナー|京都美術工芸大学客員教授)
福島 良典 (毎日新聞社 主筆)

五十嵐太郎 (建築史家・批評家|東北大学 教授)
倉方 俊輔 (建築史家|大阪公立大学 教授)
稲山 正弘 (構造家|東京大学 名誉教授)
腰原 幹雄 (構造家|東京大学 教授)
櫻井 正幸 (旭ビルウォール 取締役 会長)
佐藤    (構造家|東京大学 教授)
陶器 浩一 (構造家|滋賀県立大学 教授)

青木 謙治 (研究者|東京大学 教授)
芦澤 竜一 (建築家|滋賀県立大学  教授)
長田 直之 (建築家|奈良女子大学 教授)
永山 祐子 (建築家|永山祐子建築設計 主宰)
平田 晃久 (建築家|京都大学 教授)
平沼 孝啓 (建築家|平沼孝啓建築研究所 主宰)
藤本 壮介 (建築家|藤本壮介建築設計事務所 主宰)
安原    (建築家|東京大学 教授)
山崎 亮   (コミュニティデザイナー|関西学院大学 教授)
吉村 靖孝 (建築家|早稲田大学 教授)





【スケジュール】  
2021年
05月25日(火)
2024年
02月06日(火)

事業計画(草案)決定

座談会の開催
2026年
09月13日(土)

参加者募集開始(WEB公開)
2027年
01月04日(月)

プレスリリース配信
04月06日(火) アドバイザー会議
05月13日(木) 参加説明会開催(東京大学) 太田伸之
05月20日(木) 参加説明会開催(京都大学) 吉村靖孝
05月21日(金)23:59必着 参加者募集締切
06月12日(土) 現地説明会・調査
07月03日(土)午後予定 各班エスキース(東京会場・大阪会場)
07月24日(土)~ 25日(日) 提案作品講評会(1泊2日)
      24日(土)   提案作品講評会
      25日(日)   実施制作打合せ
07月26日(月)~09月13日(月) 各班・提案作品の制作
09月14日(火)~20日(月) 合宿にて原寸制作ファイナル(6泊7日)
     14日(火)   現地集合・資材搬入・制作段取り
     15日(水)~ 18日(土)   原寸模型制作(実質4日間)
     19日(日)   公開プレゼンテーション
     20日(月)   清掃・解散
 

【開催の経緯】

 建築ワークショップとは、建築や環境デザイン等の分野を専攻する学生がキャンパスを離れ、国内外にて活躍中の建築家を中心とした講師陣の指導のもと、その場所における場所性に根づいた実作品をつくりあげることを目的としてきました。2001年度から始まったこのワークショップは過去に山添村(奈良県)・天川村(奈良県)・丹後半島(京都府)・沖島(滋賀県)などの関西近郊の各地で行われ、それぞれの過疎化した地域を対象に提案し、市や街、村の支援を得ながら、有意義な成果を残してきました。

 第10回目の開催となった2010年度より、新たに今までの取り組み方の志向を変え、一般社会にも投げかけてゆけるような地元の方たちと共同開催での参加型の取り組みとなっていくことを目指し、「平城遷都1300年祭」の事業として、世界文化遺産(考古遺跡としては日本初)にも指定されている奈良・平城宮跡で開催しました。続く2011年度は滋賀・琵琶湖に浮かぶ「神の棲む島」竹生島(名勝史跡)にて、宝厳寺と都久夫須麻神社と共に開催。無人島とされている聖地に、地元周辺の方たちと汽船で通う取り組みを行いました。

 2015年は、開創法会1200年となる100年に1度の年に、高野山・金剛峯寺(世界文化遺産)との取り組みから、境内をはじめ周辺地区での開催をし、2016年には、昭和58年11月7日に聖地・キトラ古墳で、ファイバースコープによって北壁の玄武図が発見されてから30年を経て、公開される直前のキトラ古墳と国営飛鳥歴史公園の開演プレイベントとして、キトラ古墳の麓に小さな建築を8体実現。2017年には、国宝根本中堂「平成の大改修」始まりの年に、「古都京都の文化財」の一環としてユネスコの世界遺産に登録された、京都市と大津市にまたがる天台宗総本山・比叡山延暦寺にて開催。そして2018年には、天皇陛下生前退位をされる前年、満了する平成最後の夏に、伊勢にて開催。2019年は、「平成の大遷宮」完遂の年に、出雲大社にて開催。2020年には、国内初のプリツカー賞受賞式の聖地に於いて、東大寺にて開催いたしました。2021年は、鎮座百年を迎えた明治神宮にて開催(新型コロナ感染拡大の影響で合宿期間を2022年3月に延期)。2022年は、大鳥居・令和の大改修の年に、宮島に合宿にて開催。2023年には、古都・京都の基点となる皇室とゆかりの深い寺(門跡寺院)「御室御所」(おむろごしょ)仁和寺にて、2024年には、開山より1150年の年に醍醐寺にて開催し、2025年は新たな聖地となる大阪・関西万博の地で開催。2026年は世界最古の木造建築が残存する法隆寺で開催いたしました。

 

【開催目的】
1.学生のための発表の場をつくる
 学内での研究活動が主体となっている学生にとって、一般市民に開かれた公開プレゼンテーションを行うこと自体が非常に貴重な体験となります。また、現在建築界で活躍する建築家を多数ゲスト講師に迎えることで、質の高い講評を参加者は受けることができます。また、ワークショップ終了後の会場での展示や、会期報告としてホームページや冊子の作成を行い、ワークショップの効果がさらに継続されるような仕組みをつくります。
2.教育・研究活動の新たなモデルケースをつくる
 海外での教育経験のある講師を招聘する等、国際的な観点から建築や環境に対する教育活動を行うワークショップとして、国内では他に類を見ない貴重な教育の場を設けます。また、行政や教育機関の連携事業として開催することで、国内外から注目される教育・研究活動として、質の高いワークショップをつくることを目指します。
3.地球環境に対する若い世代の意識を育む
 現在、関西地方には、世界に誇る貴重な文化遺産を有する京都や奈良、琵琶湖や紀伊半島の雄大な自然など、豊かな環境が数多く残っています。しかしながら、近年の社会経済活動は環境への負荷を増大させ、歴史的に価値の高い環境をも脅かすまでに至っています。このワークショップでは一人一人が地域環境の特殊性、有限性を深く認識し、今後の建築設計活動において環境への配慮を高めていくと同時に、地球環境の保全に貢献していくことをねらいとしています。次世代を担う学生たちが、具体的な経験を通して環境に対する意識を育むことは、環境と建築が共存できる未来へと、着実につながるのではないかと考えます。 4.地域との継続的な交流をはかる
 歴史、文化、自然が一体となって残る地域の特色を生かしたプログラムを主軸に、特殊な地域環境や、住民との交流によって生み出される制作体験を目的としています。各地域には、それぞれの土地で積み重ねてきた歴史や文化、風土があり、短期間のイベントであればそれらを深く知ることはできませんが、数ヶ月にわたる継続的な活動を前提として取り組むことで、より具体的な提案や制作によって、地域に還元していくことができると考えています。

“今、建築の、原初の、聖地から” 杜の未来のために建築ができること


 その場所のもつ歴史や意味、地形や風の流れといった文脈を読むことを始点として建築はつくられていきます。つまり建築にとって「場」を読み解くことは始まりであり、最も重要なことといえます。これを学ぶことは建築の道を歩み始めた学生にとって大切であり、実地でなければ学び得ないことだと考えています。

 熱田神宮は、日本の神様である「天照大神(あまてらすおおみかみ)」から授けられた三種の神器、鏡、玉、剣のうちの一つである「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」を祀られており、その創祀は1900年前に遡る皇室にゆかりのある由緒正しい神社です。熱田神宮には国宝級の宝物が数多くあり、神道に関する資料館も設備されています。また、熱田神宮の境内には、本宮、別宮一社、摂社八社、末社十九社が、境外にも摂社四社、末社十二社と、全部で四十五の社が祀られています。1377年に「日本書紀」が奉納され、1560年には、織田信長が「信長塀」として土塀を奉納した歴史も残っています。1860年に名称が「熱田神社」から「熱田神宮」に変わり、現在に至ります。

 世界中の人々が訪れる京都の中心に、日本全国で建築を中心としたものづくりを学ぶ大学生、院生らが約1週間滞在し、長い歴史に受け継がれてきた学問の精神と技術を未来へとつなげていくために、「今、建築の、原初の、聖地から」伝えていくべきことをそれぞれが真剣に考え、原寸大の空間として表現します。境内を中心とする周辺区域において、大学生たちの作品を展示することで、訪れた人が中に入り、心を落ち着かせ、歴史と対話することができるような、小さな建築空間を1日だけ創出します。

 将来を担う学生たちが今という時代に向き合い、この場所でできることに全力で取り組む。参加学生たちがさまざまな歴史をもつ愛知の伝統を学び、この文化に位置づけた解釈を生み、熱田神宮に存在し続ける建築様式に連なり、訪れた人たちの心を落ち着かせ、祈りを捧げるような空間体験と提案の発表に、どうぞご期待ください。学生たちはきっと、その若い感性によって新たな発見をし、日本のナショナリティを未来へ継ぎ、創造する提案をしてくれることでしょう。

【建築学生ワークショップとは】

 建築ワークショップとは、建築や環境デザイン等の分野を専攻する学生がキャンパスを離れ、国内外にて活躍中の建築家を中心とした講師陣の指導のもと、その場所における場所性に根づいた実作品をつくりあげることを目的としてきました。2001年度から始まったこのワークショップは過去に山添村(奈良県)・天川村(奈良県)・丹後半島(京都府)・沖島(滋賀県)などの関西近郊の各地で行われ、それぞれの過疎化した地域を対象に提案し、市や街、村の支援を得ながら、有意義な成果を残してきました。

 第10回目の開催となった2010年度より、新たに今までの取り組み方の志向を変え、一般社会にも投げかけてゆけるような地元の方たちと共同開催での参加型の取り組みとなっていくことを目指し、「平城遷都1300年祭」の事業として、世界文化遺産(考古遺跡としては日本初)にも指定されている奈良・平城宮跡で開催しました。続く2011年度は滋賀・琵琶湖に浮かぶ「神の棲む島」竹生島(名勝史跡)にて、宝厳寺と都久夫須麻神社と共に開催。無人島とされている聖地に、地元周辺の方たちと汽船で通う取り組みを行いました。

 2015年は、開創法会1200年となる100年に1度の年に、高野山・金剛峯寺(世界文化遺産)との取り組みから、境内をはじめ周辺地区での開催をし、2016年には、昭和58年11月7日に聖地・キトラ古墳で、ファイバースコープによって北壁の玄武図が発見されてから30年を経て、公開される直前のキトラ古墳と国営飛鳥歴史公園の開演プレイベントとして、キトラ古墳の麓に小さな建築を8体実現。2017年には、国宝根本中堂「平成の大改修」始まりの年に、「古都京都の文化財」の一環としてユネスコの世界遺産に登録された、京都市と大津市にまたがる天台宗総本山・比叡山延暦寺にて開催。2018年は、天皇陛下生前退位をされる前年、満了する平成最後の夏に、伊勢にて開催。 2019年は、「平成の大遷宮」完遂の年に、出雲にて開催。そして2020年、世界中が影響を受けた情勢により、開催が危ぶまれましたが、約1300年、疫病の復興を願われて建立された盧舎那仏(大仏様)のお背中で、学問の原初の聖地、東大寺にて開催を果たし、2021年は、鎮座百年を迎えた明治神宮にて開催(新型コロナ感染拡大の影響で合宿期間を2022年3月に延期)。2022年は、大鳥居・令和の大改修の年に、宮島に合宿にて開催。2023年には、古都・京都の基点となる皇室とゆかりの深い寺(門跡寺院)「御室御所」(おむろごしょ)と、2024年には、開山より1150年の年に醍醐寺にて開催し、2025年は新たな聖地となる大阪・関西万博の開催地で開催。そして2026年「世界最大から世界最古の木造建築へ」。法隆寺での開催を経て、2027年は「創祀千九百年を迎えられた」熱田神宮にて実現をいたします。

 このような日本における貴重でかけがえのない聖地における環境において、地元の建築士や施工者、大工や技師、職人の方々に古典的な工法を伝えていただきながら、日本を代表する建築エンジニアリング企業・日本を代表する組織設計事務所の方々や多くの施工会社の皆様、そして建築エンジニアリング企業の方たちによる技術者合宿指導により実制作を行い、地元・地域の多くの方たちによる協力のもと、原寸の空間体験ができる小さな建築物の実現と、一般者を招いた公開プレゼンテーションを行う等、これまでにない新たな試みを実施する『全国の大学生を中心とした合宿による地域滞在型の建築ワークショップ』です。

 
2025年度開催の様子(こちら → )
 



座 談 会 | ”創祀千九百年を迎えられた熱田神宮”~杜の未来のために建築ができること  
建築学生ワークショップ熱田神宮2027

多賀顕(熱田神宮 権宮司) ×髙橋守(熱田神宮 禰宜) ×小久保雅広(熱田神宮 禰宜)
× 腰原幹雄(構造家│東京大学生産技術研究所 教授) × 櫻井正幸(エンジニア|旭ビルウォール 代表取締役 社長)
× 佐藤淳(構造家│東京大学 准教授) × 平沼孝啓 (建築家│平沼孝啓建築研究所 主宰)


座談会の様子 (熱田神宮 又兵衛にて)





座談会会場(熱田神宮 又兵衛)


別宮拝殿


第三鳥居


神楽殿


正式参拝の様子

――― 全国の大学生が参加するこの建築学生ワークショップは、毎年、日本の聖地を舞台に開催してきました。歴史と場所の特性をはっきりと示す開催地で、周辺の生活文化を合わせて調査することにより、観光として訪れるだけでは知ることのできない街や地域との関わりや、建築を保全し更新されている造り方の技に触れ、制作を含めた実学としての地域滞在を行い、神聖な場所の静粛な空間からコンテクストを見出し、現場で建築の解き方を探るきっかけを経験していきます。この熱田神宮に祀られる御祭神 熱田大神(あつたのおおかみ)とは、三種の神器のひとつである草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を御霊代としてよせられる天照大神のことです。すなわち、草薙神剣の「正体」としての天照大神をいい、言い換えれば、草薙神剣そのものが天照大神の「霊代(実体)」としての「熱田大神」です。平安時代以降は、伊勢の皇大神宮(内宮)の祭神である天照大神を草薙神剣の正体とすることが通説となり、このことで伊勢と熱田は「一体分身の神」を祀る神社であり、日本国を支える神宮であるとされてこられました。このことから現在の建物は、伊勢神宮と同じ神明造。約6万坪の境内には、樹齢千年を越える大楠が緑陰を宿し、皇室を初めとした崇敬者から寄せられた6千余点もの奉納品が宝物館に収蔵展示されております。境内外には本宮・別宮外43社が祀られ、主な祭典・神事だけでも年間70余、昔ながらの尊い手振りのまま今日に伝えられ、初詣には毎年200万人以上の参拝者が訪れます。近現代における主要都市のまちづくりに欠かせない最も貴重となる「聖地」である清らかな場に身を置き、この伝統的な構法に触れ、この場所の特性を用いるため、大きく分けて「歴史」「場所性(地形)」「現代の問題」の観点から提案を求めます。

 本日は開催地として多大なご尽力をくださいます熱田神宮にて、全国の参加学生にむけて導きをくださる、多賀権宮司、髙橋禰宜、小久保禰宜をはじめ、東京大学の腰原先生、佐藤先生、そして毎年、私たちと併走したサポートをくださいます旭ビルウォールの櫻井社長、オーガナイザーの役割を担い続けてくださいます、建築家の平沼先生にもご参加いただき、運営統括の杉田が進行し、2013年に創祀千九百年を迎えられた熱田神宮開催についてお伺いいたします。皆さま本日はどうぞよろしくお願いいたします。

平沼:まず、熱田台地がなぜ熱田神宮の創建の場に選ばれたのか、所縁をお聞かせください。

髙橋:ここは当時尾張氏一族の斎場でありました。宮簀媛命さまは日本武尊さまが残された草薙神剣を現在の名古屋市大高町、氷上の里でお祀りしておられましたが、歳をとられて御神剣を祀るにふさわしい場所としてこの熱田台地を選ばれました。熱田台地は今の名古屋城辺りから南へ約9km伸びた、ちょうど象の鼻のように伊勢湾に突き出した台地です。その最南端に熱田神宮が鎮座しております。ここから南東へ直線距離で7~8kmのところに氷上の里が位置しており、当時はおそらく海であったと考えられますので、移動もたやすかったと思います。このような理由でこの場を選んだのではないかと推測されます。

平沼:自然環境的な利点があって岬の南端にできたということですね。

髙橋:はい。標高約10~15mの森の台地が突き出るような形です。

平沼:眺望も含め、すごい場所であるということは想像がつきます。

佐藤:伊勢から近い場所であるということもかなり大きいのかもしれませんね。

腰原:神社が創建される際には、山がご神体になっていたり、海や川などの自然の地形を意識された行事が行なわれることが多いと思うのですが、熱田台地周辺の地形と連動して行われる行事や活動というのはありますか?南端に位置していることで海に向かって何かを行ったりすることがあるのか、もしくは森の中で大体完結しているのでしょうか。

髙橋:そうですね、森の中で完結してしまっているのかもしれません。

平沼:何か現在にも引き継がれている祭典や神事はありますか?

髙橋:祭典としてはないですね。当神宮の祭典神事のほとんどは農業に密接に関係しておりますので、自然の山や海と直接結びつきがあるかといいますと、難しいです。

佐藤:豊作を願う行事は、どのようなものがありますか?例えば天候が穏やかなことを祈るというものですか?

髙橋:全国の神社で行われている祭典で、祈年祭・新嘗祭という五穀豊穣を願い収穫に感謝するというお祭りがあります。

佐藤:何か特徴的な道具を使われるなど、熱田神宮ならではの特徴的なものはありますか?

小久保:当神宮独自で執り行っている、他ではない形のお祭りには様々な歴史、由緒がございますので一つずつお話を始めると二日ほど頂くことになってしまいます(笑)。

腰原:衣食住の衣食の話ですと、神社さんが地域の活動として芋や綿を作ることや、お蚕さんや絹と神社とのつながりが強いように思うのですが、住の部分ですと、神社の建物には様々な特徴があると思いますが、建物に対する行事というのはありますか。住まいや木に由来するような行事というのはありませんか?

小久保:建築物をつくる前、取り壊す時のお祭りと、後は取り壊しが終わって地ならしの際に行う地鎮祭、そういうお祭りというのはもちろんあります。

腰原:取り壊しが建て替えのスタートになりますので、地鎮祭より前にもう少しお祭りをしなければいけないのではないかと思い、現在建っている建物を壊す時にいろいろ考える活動として解体祭を始めているのですが、そういった活動は昔からあるのですか?何祭りというのですか?

髙橋:取り壊し清祓、解体清祓です。

小久保:社殿の工事をするには、神様がそこにおられる状態のまま工事するわけにはいきませんので、まず神様にお遷りいただき、工事が一連終わりましたら、神様にお戻りいただくという流れになります。

腰原:現在、公共建築をつくる際は、特に宗教の話や地鎮祭、安全祈願も「祭」をつけるなという雰囲気になっているのです。昔は地域の祝いごととして、地鎮祭から始まって立柱式、上棟式など、個々の建物をつくる時に多くの人に関わってもらい、なおかつそれを皆で分かち合うという文化でした。ですが、最近は公共建築で余計なことをすると怒られてしまうのです。そこで建物をつくることに皆で盛りあがってお祝いしていた感覚を、もう一度取り戻したいなと思っているのです。

佐藤:清祓というのは私も聞いた事が無いのですが、地域特有の行事ですか?

小久保:いいえ、そのようなことはないと思います。例えば具体的に建物があって、これを取り除くという事で壊す時に行うのが、解体清祓。木を切る時には伐採清祓。例えば井戸を埋める時は井戸をお祓いして埋めますし、建物ができた後は入居の清祓をします。全国的に行われていると思いますよ。

腰原:最近はあまり行っていないのだと思います。先日飛騨に行った際、住まい手が変わる時も家主が変わりましたという宣言をするようなお祓いを行なっていましたが。

髙橋:入居清祓ですね。

小久保:例えば厄年のご祈祷というものも、来る人と来ない人がいますよね。もちろん家内安全でもそうです。ご祈祷を受けなかったらどうなるのかというと、信仰の問題もありますから昨今は行政としてはなかなか判断が難しいのだと思います。

腰原:信仰してはいけないというのが行政の意向ですね(笑)。

平沼:この場所に熱田神宮がつくられて、周辺の町はどのように発展してきたのでしょうか。

小久保:重要な交通の要所として、人が集まってきたのだと思います。「麒麟がくる」というNHKの大河ドラマの中でも、熱田の港の発展が描かれていました。想像ですが、大高の氷上の里から当神宮を見ると岬に聖地のような場所があり、そこで祭典が執り行われ、そこに人が集い、時代の移り変わるごとに交通の要所になっていき、門前町が形成されたという事なのではないでしょうか。

佐藤:このワークショップで、学生達がここで構築物をつくる時、コンセプトを考える時のきっかけとして即物的なところから、歴史や神聖なことにたどり着くようなことをお聞かせ願えればと思います。例えば材料になるものや道具、自然など、何かこの境内の中で大事にされているものをいくつか挙げるとすると、どんなものがあるでしょうか?

髙橋:第一に考えられるのは森の保全、社殿をどう守るかということになると思います。そういう意味で森や樹木は大事ですね。

佐藤:例えば、大楠が樹齢としては一番長生きしていると思うのですが、焼けたりしたことはありますか?

髙橋:雷も含めいろいろありますね。七本楠と言われ、樹齢は千年以上と伝えられています。今は3本ぐらいが残っています。

小久保:大楠は御神木にあたる木なのですが、弘法大師がお植えになられた楠が7本あったということで七本楠と言われております。その内の1本だと確実に言われているのはわかるのですが、他の6本はよくわかりません。よく似た大きさのものはあります。名古屋市が今から40年以上前に調査した時には、巨木の中の7-8本が当神宮にあるというような調査結果が出ていました。楠が非常によく育つというのも土地柄のようです。

佐藤:区別がつかないくらい立派な楠がたくさんあるということですよね?

小久保:雷が落ちたのか、枯れてしまったのかはわからないのですが、大きい株が残っている場所はたくさんあります。

佐藤:こちらの社殿に使う木材はその楠木を使われることが多いのですか?

小久保:産地は別です。近くに堀川という川がありまして、木曽檜を貯木していました。尾張藩は木曽檜を管理しており、この地はどうも昔からそういった関係がありまして、当神宮の造営は木曽檜を使う場合が多いですね。

佐藤:堀川は川の名前ではないのですか?

小久保:堀川は名古屋城のお堀に水を入れるための川のことを指します。歴史的に熱田の地と木曽檜はつながっている感じはしますね。

平沼:それは何か考えるヒントになると思います。

髙橋:楠は木偏に南と書きますが、南方から来たと言われておりまして、あまり建築材としては適していないので、だから残ってきたのではないかとも想像できます。

平沼:権宮司さまからも、何か学生たちにコンセプトのきっかけになるようなお話をいただけないでしょうか?

多賀:最初に戻ってしまいますがご創祀のお話について、確かに想像することしかできないのですが、古代の地形から、この地域の形をまず勉強してもらうと今の話もわかってくるのかなと思います。古代の終わりから名古屋の地域の形はだんだんと変遷してきており、現在の名古屋とは全く違う形なのですよ。海の中に飛び出した岬のような半島が何千年前からあり、熱田台地は地盤が固く、しっかりした土地でした。その他のところは後にできていますので、どうしても柔らかい土壌になっています。古代祭祀などを行う一族がお祀りする場所、神様をお迎える場所としてなぜふさわしいと思ったかと言いますと、やはり当時は自然が一番だったのですよね。人間の感覚としてここが一番相応しいとすぐに浮かんだのではないかと思います。時代が変わって名古屋城は、江戸時代になぜあの場所につくったのか。それはやはり熱田の宮があったからでしょう。我々以上に自然の力を感じる古代の人たちや江戸時代の人たちがいて、お城をつくれば尾張は支配できるというような考えもあったのではないかなと思うのです。その後城下町ができ、繊維問屋街が発展していることを考えると、古代の人たちが自然を感じて、ここは神様を迎える場所だと考えた。だからこそ守り伝えており、もともとあった手つかずのままの自然の木のままで森が残っています。またさまざまな建築のお祭りの話もありましたが、やはり一番わかりやすいのは、お伊勢さんの式年遷宮にまつわるお祭りだと思いますが、多分皆さんがご存知ないお祭りがたくさんあるのですよね。そのお祭りの名前から調べていかれるといいのかなと思います。建築とお祭り、神社とお祭りというキーワードが根本になるのではないかなと思います。清祓についても、やはり地方での特色がありますので、清祓という以外の名称で伝わっているのではないかと思います。

佐藤:それでは古代地形と、古代祭祀を学生たちに調べさせましょう。宿題にしますと書いておいてください(笑)。

全員:(笑)。

腰原:やりすぎてしまうと、建物をつくらなくなるので気を付けないと(笑)。

多賀:戦争でほとんど焼けておりますので、当神宮の境内には古代の建物がほとんど残っていません。建物としては今のご本殿も、お伊勢さんから頂戴したご本殿ということになります。

佐藤:形も元々あったものと違うものになっているのですか?

多賀:わからないのです。絵として書かれているものを見ていますと、神社の建物といいますと校倉造的なものしかないのです。神社建築でいうと、出雲大社造や住吉造など色々な造りがある。そこには土地柄としての特色があると思いますね。

腰原:神明造の前が尾張造と呼ばれていますが、その頃の特色というのは残っていないのですね。尾張造というのも後に尾張造と呼ぶようになったということでしょうけれど。

小久保:私の知る限り、神明造や大社造、流造というのは、社殿構造ですよね。尾張造というのはどうも建物配置の話で、その遺構を感じさせられるところはありますが、そのものが残っていないというのが現状です。

平沼:再建される時代ごとに形態も移り変わってきたということですね。

小久保:再興や修理をしてきたことで、当神宮の社殿、建物というのは造りがバラバラになっており、何造りかわからないのもあります。このような神社は少ないと思います。お伊勢さんだと神明造ばかりですよね。他の神社だと流造ばかりだったり、大社造ばかりだったりします。混在しているということが当神宮の歴史なのです。全部を壊すのではなく、残してきたのでしょうね。
平沼:式年遷宮もありませんし、いかに現代的に、多様性を受け入れてきたかということですね。

櫻井:1900年いろいろなことがあった中で造りが混在したのは、変化を受け入れる気質、先を読む力があるのだろうなと思いました。あえてあるものを壊して何かに統一するということは無駄なことも含まれるかもしれません。その時代にあったものを取り入れながら、大事なことを引き継がれてきたのでしょうね。

腰原:地域の産業に繋がる刀鍛冶がいらしたり、金属に関することや文化があって剣の伝説がよりリアルになっているのでしょうか?

高橋:周辺に鍛冶屋さんが多かったということを聞いたことがあるのですが、ここから北へ2Kmほど行きますと鍛冶屋の神様である金山彦命を祀る金山神社があり、現在も金属関係の会社が奉賛するなど崇敬を集めております。それが御神体とどのように関係するのかについてはわからないですね。

平沼:熱田台地は起伏が大きいですよね。例えば豪雨の対策もなされているのでしょうか。

小久保:2018-19年頃にボーリング調査をしてみたところ、やはりこの熱田台地の土地は地盤が固くていいところを選んでいたとわかりました。雨のことについても社殿で水がどう流れるかが重要ですが、一番高いところに社殿があり、南に下っていくと低くなっており東西に蒲鉾状になっている。社殿を土木の専門家が見ると、建物から雨が落ちたらきちんと流れるような勾配がつけられているというのです。ただ、今これを人の手でやろうというのは難しい。他にも火事が起きた場合、これだけ森があると燃え移らないかと考えるのですが、昔から大津通と19号線という大きい通りが防火帯の役割を果たしており、火は防いでいます。やはり昔の人はいい所を選んでいたということですね。

平沼:このあと境内のご案内をしていただく時に現地でもご説明していただきたいと思っております。引き続きよろしくお願いいたします。

(令和6年2月6日 熱田神宮 又兵衛にて)

         
――― 大変貴重なお話をお聞かせいただき誠にありがとうございました。本日の内容が、後進で建築や環境、美術やデザインを学ぶ参加学生にとって、とても貴重で意義深いものになると感じております。そして将来、この場所で開催した意義に継いでいくような、提案作品を募りたいと思います。今も歴史環境を感じる貴重な聖地を読む経験も、建築空間で自らの表現と制作する体験と、令和の日本を代表する建築家や構造家、全国の大学で教鞭を執られる先生方の厳しくも愛のある指導を受けることも、生涯の記憶に残るような幸運であったと想い返すことになる、貴重な機会となるでしょう。この大切な記憶がまたひとつ増えるような取り組みに、深く感謝をしています。

杉田美咲 (AAF│建築学生ワークショップ運営責任者)


 

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